明仁皇太子への手紙

天皇が穂積重遠東宮大夫に奥日光にいた皇太子のもと届けるようにと依頼した手紙

 手紙をありがたう しつかりとした精神をもつて 元気で居ることを聞いて 喜んで居ます。
 国家は多事であるが 私は丈夫で居るから安心してください 今度のやうな決心をしなければならない事情を早く話せばよかつたけれど 先生とあまりにちがつたことをいふことになるので ひかへて居つたことを ゆるしてくれ 敗因について一言いはしてくれ
 我が国人が あまりの皇国を信じ過ぎて 英米をあなどつたことである
 我が軍人は 精神に重きをおきすぎて 科学を忘れたことである
 明治天皇の時には 山県 大山 山本等の如き陸海軍の名将があつたが 今度の時は あたかも第一次世界大戦の独の如く 軍人がバツコして大局を考へず 進むを知つて 退くことを知らなかつたからです
 戦争をつづければ 三種神器を守ることも出来ず 国民をも殺さなければならなくなつたので 涙をのんで 国民の種をのこすべくつとめたのである
 穂積大夫は常識の高い人であるから わからない所があつたら きいてくれ
 寒くなるから 心体を大切に勉強なさい
 九月九日           父より
明仁へ 

橋本明「昭和二十年九月九日の陛下の手紙」((鶴見俊輔中川六平編『天皇百話』所収(40ー41p))

4480022899天皇百話〈下の巻〉
鶴見 俊輔 中川 六平
筑摩書房 1989-04

by G-Tools