芦田内閣成立の日

 私は特に拝謁の上御言葉を賜ることになっていた。設けられた椅子に腰を下ろすと先ず自分から進んで言上した。


 芦田は国会の指名を受けて大任を拝することになりました。時局は誠に重大であり、前途は困難と信じますが、一切の毀誉褒貶を度外視して全力を尽くし宸襟を安ずることに努力いたします。


そこ迄言上して涙にくれた。
 聖上も一時曇った御顔をなされたが、やがて力めて笑顔を以て御話を進められた。
共産党に対してはなんとか手を打つことが必要と思うが」と仰せられた。 
 私は共産党の撲滅は第一には思想を以てしなければなりませぬと御答した。そして下のような意味を言上した。


 共産党といえども合法政党でありますから非合法手段をとる場合でなければ手をつけることは出来ませぬ、進駐軍にしても本国のような法律が日本にない以上進んで弾圧をする訳にも行かないので兎角控え勝であります、と。


 次に聖上は、左派の入閣はどんな影響があるかと申されたので、容共左派でない限り加藤(勘十)、野溝(勝)の程度ならば、大きな影響はあり得ないと存じます、左派の入閣は却って左派を穏健にする所以でありましょうと言った。
 聖上は宮内省に対してもG・H・Qの意見は統一がないように思うと仰せられた。
 私はこれに対してG・H・Qの不統一は事実と考えますが、世評の言うようなG・H・Qに於いてGovernment Sxectionと軍部とが対立して互に別々に行動するというのは、誇張されていると信ずる旨をのべ、更にこの機会に宮中に対するG・H・Qの考え方は、先般のGeneral Whitneyの所説を要約して、MacArthur以下天皇を護持する考えに一致しているが、最近再び外国で天皇制の問題が起り、国内でも地方行幸の機会に投書が山の如くG・H・Qに集まることから考えて天皇制を危くするのは宮内官吏であると申した旨を言上した。


芦田均日記』(鶴見俊輔中川六平編『天皇百話』所収(383ー384pp))

4480022899天皇百話〈下の巻〉
鶴見 俊輔 中川 六平
筑摩書房 1989-04

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